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「うそっ!あれ初雪なのぉ!?」

   あいかわらずの大声で紅葉が言う。

   「今年も降り出したの〜思てわしも見入ってもうたわ。」

     三人は部屋を移していた。
そこは天井が高く中央に囲炉裏(いろり)があり、
  それを囲むように座っている。
  囲炉裏には天井からのびた金具に
  鉄鍋が吊るされて、火にかけられている。
  鍋は木蓋(きぶた)の隙間から、
  くつくつ‥と心地よい音を漏らしていた。

  灰に埋もれた鈴虫達の調べが土をふるわせ、
  還り行くものたちに慰め歌を送る―

  「この辺の山間(やまあい)って積雪は深いです?」

   鍋を木杓(きしゃく)でかき回す老婆に緋百合が問う。

     「いきなりは積らんと思うよ。
  だどもお天道様(てんとさま)は気まぐれじゃから、
  明日になってみんことにはのぉ‥」

     「そうですよね‥ご近所で車をお持ちの方なんています?」

     「ほんにすまんけど、死んだじいさんが人嫌いでの‥
  わざと人里離れたとこに家建てての、
  近所さんがおらんのじゃ‥。」

  「その町まで行くのに二時間くらいかかるんだ‥
  バス停だけでもこの辺にないかなお婆ちゃん?」

  静かな二人の会話に大きな声で紅葉が加わる。

  「‥ああ、そうか‥
  あんたらも山ん中でバス下ろされたんじゃなないかい?」

  シワを深めて老婆がため息をつく。
    「“あんたらも”って、あのバスいっつもあんなことしてんの?!」

  老婆の言葉にいち早く紅葉が反応する。

  「この先の町に住んどる爺様での、
  外のもんが嫌いじゃゆうては山に置き去りにしよるんよ。
  小さな会社でこんな山道をバス走らせるもんがおらんで、
  しかたのう雇っとるらしんよ。
社長さんがえろう怒ったけん、
  最近はせんなった聞いったじゃが…」

  「はは‥特別のハズレ引いちゃったんだ私たち‥」

  うつむいた緋百合はその影で唇を噛む‥

     「ほんとに姉ちゃんってハズレひくよね‥」

  つぶやく紅葉の声はどこか切なく、
  見守るような視線を姉へと向けた。

  「よしっ!明日は朝から次の町までがんばって歩こうお!」

  いきなり顔をあげた緋百合が大声で言う。
  「うえっ?!おっお婆ちゃん、この辺にバス停‥」

  それに驚いたまましゃべる紅葉はまるで緋百合のよう。

     「緋百合ちゃんが言うとおうり、町までいかなないんよぉ‥」

  「ううっ‥」

  気合いれたはずの緋百合と、紅葉のうめきがはもって漏れた。
















    
  それから半刻後‥

       鍋の山菜煮込みをつついた二人は、
  再び先の部屋へと戻りくつろいでいる。
  もともとは旅館を営んでいたようで、
    8畳のこの部屋はもと客室であった。
  裸電球がぶら下り、押入れと
  廊下、縁側の襖(ふすま)しかない無飾の部屋。
  そこにひいてもらった布団が二枚。
  紅葉はごろごろと退屈そうに転がる。

     「ほらさー、お笑い芸人が歌で、
  “田んぼと民家しかない♪”とか歌ってたじゃん。
  ほんと冗談は歌だけにしてって感じよね〜」

    たまにぼやきを吐きながら‥。

     (この性格じゃあ、情緒ある旅はまだ早すぎるよね‥)

     小さくクスリ、と笑う緋百合。
  それなのにこの旅に付き合ってくれたことが、
  緋百合にはうれしかった。
  “失ったものを拾う”姉と“自分に向き直る”妹、
  それぞれの旅の目的がそもそも違うのだから…

     がらがらがら…

     縁側の先の雨戸を老婆が閉める。
  古くなったそれはやたらに大きな音を立てた。
  緋百合は立ち上がって縁側の老婆のもとに行く。

     「お婆ちゃん、代わりに私にやらせて!」

     老婆の頭の上から雨戸をつかんで緋百合が言う
  突然だからキョトンとした老婆だが、
  “お願いするかのぉ”と緋百合の横へに出た。
  二人の入る客室と同じものが3つほど縦に並び、
  広間から始まり、奥の厠(かわや)まで縁側は伸びる。
  故(ゆえ)に雨戸の枚数はかなりの数だ。

     「姉貴殿、助太刀いたす!」

     雪も降る寒さの中、汗が浮び出した緋百合と反対側から
  雨戸を引きつつ紅葉が元気に声をかけた。
  若い二人の労働ですべての雨戸が閉じると、
  遮断された室内はわずかに寒さが和(やわ)らいだ。

     息をつく二人のもとに、
  老婆が再び何かを抱えてやってきた。

     「お風呂沸かしとるから、よかったら入りなせい。
  あとお客用の浴衣があったんでこれも置いとくけん。」

  と言って、布団の横に置いた。

     「わぁー ほんと旅館に泊まってるみたいです。
  ありがとう、お婆ちゃん!」

     「やたっ!汗ぐしゃぐしゃで寝ないですむよー!」

     と叫ぶやいなや浴衣を手に取り、
  紅葉が縁側を厠に向けて走りだす。
  が、ぴたっと止まると振り向いた。

     「お婆ちゃんー、お風呂って何処(どこ)?」

     「もみじ‥あんたねぇ…」

  恥かしさに顔を赤くしつつ頭を押さえる緋百合。

     「厠の横に戸があろう。そこさあけて納屋の先じゃー」

  離れた紅葉にそこそこ大きな声を送る。

     「うわっ、物置っぽい!先で火が燃えてるとこだよね!」

     そう言い残すして戸口をくぐり姿を消した。

     「ほら、ひゆりちゃんも入ってきなせえ。
  暖まらんと寒くて寝れなんよ。」

     「妹があんなですみません。
  それじゃあお借りします。」

     緋百合はペコペコと頭を下げると、“もみじっ!”と叫んで、
  妹のあとを追った。   
  
















     
  
  お風呂は老婆の言うように納屋の奥にあって、
  床が地べたのため履物を履いてそこまで行く。
  天井に豆球が一つ、淡いオレンジ色に辺りを染めている。
  四方も壁に囲まれ、厠からの戸口の他(ほか)に
  廊下につながる戸と、風呂の横に外に出る戸口がある。
  窓は一つもない。
  風呂場の入り口の横に薪をくべる穴があり、
  そこからちろり、ちろりと小さな火が覗いていた。
  更に火口と反対には棚があり、
  そこにある籠(かご)に脱いだ服を入れて中に入った―

   「おっじゃましまーす!
  ああっ!シャワーがないぃ!?」

  「当たり前でしょが、馬鹿!」

     うなだれる紅葉の脇をタオル片手に素通りする緋百合。
  中はコンクリで固められた灰色の壁に覆われ、
  天井には豆球。
  入って左にひざ小僧ほど高い段差があって、
  その中央に鉄の大きな鍋状のものが埋まっている。
  丸い口で、一回り小さな木の蓋(ふた)が中に落ちており、
  湯気を立てる湯船に浮んでいた―

     「わぁ…五右衛門風呂だ‥!」

     木蓋をあげると湯気の塊が風呂場一杯にひろがった。

     「何それー!でっかい鍋みたいじゃん!」

    妖しいもの見る目つきで紅葉がぼやく。

     「なにいってんの!貴重な想い出になるよコレっ。
  ほんとハズレばっかじゃないよね人生♪」

     いくらか無理に笑う姉に紅葉は気付く‥

    「そっ、そうそう!拷問風呂さいこー!
  私は嬉しくなど‥」

     「五右衛門風呂!で、なにをキョロキョロ探してるの?
  シャンプー、リンスなんかないわよ!」

    口調強い緋百合の言葉に固まる紅葉。

     「ええっ!!うそだー!詐欺よ詐欺っ!!」

     「石鹸あるでしょ、情緒壊さないのっ!」

     さくさくと泡立つタオルで体を洗い始める緋百合。

     「ううっ…じょうちょなんかクソ喰らえだぁ‥
  あっつー!?」

  木桶ですくったお湯の熱さに飛び上がる紅葉。

     「あばれないの!ほんとケガするよもみじ!」

    特に動揺もせず、淡々と説教する緋百合。
  紅葉の隣にきて、風呂釜の上に突き出す蛇口をひねる。
  勢いはないが冷たい水が流れ、湯へと注がれた。

     (地下水でも引いてるのかな‥?
  水道が通ってるとは思えないし‥)

    何気に疑問を抱けば、電気の事など気になることばかり。
詮索するより聞いたほうが早いと緋百合は考えを中断した。
  木桶で湯船をかき混ぜ、蛇口を閉める。
  すくった湯を頭からかぶり、石鹸を流す緋百合。
  ぶつぶつ言ってる紅葉をおいて風呂釜へと向かう。

     (たしか‥蓋を沈めて、その上に乗って入るんだっけ…)

     そろり、そろりと湯につかる緋百合。
  さーっとあふれた湯が床へと広がる―

     「あちー!あちー!!」

     それが足に当たって再び騒ぐ紅葉。
  それを余所(よそ)にそのまま肩までつかり込む緋百合。
  やや熱めのお湯に顔はふわぁーっと赤く染まる。

     「うわ―――― すんごくいい感じ…‥」

     とろけそうな満足顔の緋百合。
  無視された紅葉はキレる。

  緋百合の隙間に木桶を入れて湯をすくい、
  一気に頭からかぶる―

    「うっがー!!」

  すんごい奇声と顔で続けて湯をかぶる紅葉。
  肌が赤く染まり、なぜか緋百合よりも鮮やか―

  「ひっぐ‥田舎なんか嫌いだぁ‥」

     半泣きでつぶやくと、タオルを絞って体を拭き始めた。
  しばらくぽかーんと妹の奇行を見ていた緋百合だが、
  風呂場から出ようとする妹の背に言葉を投げる。

     「ちょっと、もみじ入んないの?今ので終り?」

     “もったいない”と淋しげな表情で見つめてくる姉。

    「んなもんに入ったら煮込まれて死んじまうわよ!
  姉貴一人で婆臭く、ダシでもとってなさいよぉ!」

        大きく吠えると、戸を壊れんばかりに閉めて出て行った。
  再びぽかんと妹のいたあとを見つめる緋百合―
  やや間をおいてため息を一つ‥

     「はぁ‥ また婆臭いか‥」

     その言葉が一番痛い緋百合であった…






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